乳腺が炎症を起こす乳腺炎は、実に女性の4人に1人の割合で経験するとされている頻度の高い疾患です。乳房の発赤や腫れなどの他、ひどいものでは激痛が生じたり高熱が出たりととても辛い症状となります。
今回はそんな乳腺炎について、病態やその症状などを解説します。また、乳腺炎と混同されやすい乳腺症という病気についても説明します。
乳腺炎とはどんな病気?
乳腺炎の種類
乳 腺炎とは、母乳の通り道である乳腺が何らかの原因で炎症をきたし、痛みや発熱などの症状きたす病態をいいます。乳腺炎は、乳腺が閉塞することで乳房全体の 腫脹、痛み、しこりなどを生じる「うっ滞性乳腺炎(無菌性乳腺炎)」と、細菌感染を伴い発熱などの全身症状をきたす「化膿性乳腺炎」とに大別されます。
うっ滞性乳腺炎は乳腺の詰まりを解消するだけで軽快しますが、化膿性乳腺炎の場合は抗生剤による治療が必要で、中でも膿瘍を形成している重症例では外科的処置が必要となることがあります。
授乳に関係なく慢性的な乳腺の炎症を繰り返す「乳輪下膿瘍」では、乳輪直下の乳管に膿瘍ができるのが特徴です。中年の女性に最も多くみられ、特に陥没乳頭(乳頭が陥没しているもの)の人に生じやすい病気で、多くの場合炎症を繰り返す難治性です。
乳腺炎を生じるメカニズム
乳汁の分泌は、下垂体ホルモンのプロラクチンによって促されています。このプロラクチンの分泌量は妊娠週数の進行に伴って増加し、分娩時をピークに産後は徐々に減少していきます。
乳汁は分娩後より分泌されはじめますが、これはプロラクチンの作用を抑制していたエストロゲンやプロゲステロンなどの胎盤から分泌されていたホルモンが、胎盤の娩出とともに急激に減少するためです。
分娩後の24~48時間頃に乳房全体がカチカチに張って痛いといった症状が現れますが、こうした症状は授乳に備えて乳腺周囲の血流が増加し、うっ血や浮腫が生じるためと考えられています。
分 娩後3~4日経過すると乳汁の分泌が亢進しはじめますが、このとき乳頭の傷や乳栓で乳管開口部が閉塞していたり、血管やリンパ管がうっ滞して乳管を圧迫し ていたり、乳管が開通せず閉鎖したままの状態であったりすると、乳汁の排出がされずうっ滞し、うっ滞性乳腺炎となります。
このように乳腺のトラブルによって乳汁の排出がうまくなされないものを、うっ滞性乳腺炎といいます。
はじめのうちは乳頭が傷つきやすく、亀裂や白斑(はくはん。乳頭の白いできもの)、水疱などを生じやすいものです。授乳や乳頭ケアの際に手に雑菌がついていると、それらの傷口から細菌が侵入し、乳腺が感染をきたして化膿してしまうことがあります。
化膿性乳腺炎の原因菌は、黄色ブドウ球菌や白色ブドウ球菌が多くを占めます。
なりやすい時期
乳腺炎は産後間もなく初乳が出るようになってから、授乳の状態が安定する産後4ヶ月頃までの期間に多くみられます。うっ滞性乳腺炎は産後1週間以内に最も多くみられ、化膿性乳腺炎は産後2週間以降に多くみられます。
なりやすい体質の人
食事やストレスなどが影響することもありますが、元々なりやすい体質というものがあります。次のような人は乳腺が詰まりやすい体質であるため、乳腺炎を発症させないためにはより生活習慣に気をつける必要があります。
乳腺が太い人もいれば細い人もいて、当然細い人のほうが乳汁がうっ滞しやすいといえます。
授乳してみないことには自身の乳腺の太さはわかりませんし、こればかりは細くても努力でどうにかなるものでもありませんが、一般に経産婦より初産婦のほうが乳腺が細い傾向にあります。
乳房全体の痛みや張り、しこりなどのうっ滞徴候がみられる人は乳腺が細い可能性がありますので、食事内容に気をつけたり、授乳間隔をあけ過ぎないように注意しましょう。
体質的に乳汁が出やすい人や、高プロラクチン血症または脳下垂体の異常などで、乳汁分泌過多の傾向にある人がいます。母乳が出やすいということは出ない人からすると羨ましい限りですが、出過ぎるものも辛いものです。
赤ちゃんが欲しがるぶんよりも多くの乳汁が分泌されると飲み残しが多くなり、母乳がうっ滞した結果、乳腺炎をきたしやすくなります。授乳を終えたあとも乳房の張りが続くという人は、水分を控えたり乳房を冷やすなどして、母乳をうっ滞させないための対処が必要です。
陥没乳頭とは、その名の通り乳頭の部分が陥没したものをいいます。
陥没乳頭の場合赤ちゃんが乳首に吸いつきにくく、母乳を飲み残しやすいという難点があります。また陥没乳頭は授乳によって乳頭が傷つきやすいため、細菌が侵入しやすく、化膿性乳腺炎のリスクも高まるといわれています。
陥没していると細菌も繁殖しやすいため、常に乳頭の清潔を保っておくことが大切です。
乳腺炎になるとどんな症状が出る?
うっ滞性乳腺炎
うっ滞性乳腺炎は、母乳がうっ滞することで引き起こされます。そのため症状が比較的軽度であれば、乳房マッサージなどでつまりが解消されれば軽快、治癒します。
乳汁がうっ滞した部位に、部分的な軽度の発赤を認めることがあります。
乳汁のうっ滞により、乳房全体に緊満(張り)や腫脹がみられます。乳房に熱感を伴うため、腋窩体温(わきの下で測る体温)が37度台の微熱となることもあります。
乳房の張りに伴い、疼痛を伴います。
特に母乳がうっ滞している乳腺の部分に、皮膚の上から触れたときしこりを触知することがあります。しこりの部分に触れると、痛みがあることが多いです。
化膿性乳腺炎
うつ乳状態を放置すると、化膿性乳腺炎へと進行してしまうことがあります。こうなってしまうとマッサージだけで治すことは難しくなり、投薬や外科的処置が必要となります。
はじめはうっ滞性乳腺炎の症状(発赤、腫脹、熱感、疼痛など)から始まります。化膿性乳腺炎へと進行すると、さらに強い症状をきたします。
うっ滞性乳腺炎では軽度の発赤だったものが強い赤みへと悪化して真っ赤になり、ときに赤黒く(暗紫色~暗赤色)変色することがあります。
炎症部位が化膿し、膿瘍を形成します。膿瘍が進行すると、乳腺やその周辺組織が壊死してしまうこともあります。そのまま放置すると、膿瘍は自壊(膿の入った袋が破裂し、皮膚に穴が開いて膿が流れ出すこと)します。
乳腺が化膿して乳腺膿瘍を形成すると、ズキズキとした激しい疼痛が出現するようになります。激痛で授乳もままならなくなることも少なくありません。
うっ滞性乳腺炎では局所的な熱感に留まっていたのに対し、化膿性乳腺炎では全身症状として悪寒や発熱が出現します。発熱は38度以上の高熱となることが多く、40度近くになることもあります。
乳腺炎の初期は一般にうつ乳の前駆症状があることが多いですが、そうした徴候に気づかないまま、突然の寒気と発熱で乳腺炎に気づくケースもみられます。
わきの下のリンパ節が腫脹することがあります。
母乳は本来、白色~透明の色をしています。しかし化膿性乳腺炎になると母乳が黄色っぽくなったり、血が混じって血乳となったり、膿が混じって緑がかった色になったりすることもあります。
しょっぱい、生臭いなど味の変化がみられることもあり、赤ちゃんが嫌がって飲まなくなることもあります。
化膿性乳腺炎では高熱に伴い全身症状が現れることが多く、関節痛や筋肉痛などで全身の節々が痛んだり、全身倦怠感、吐き気や嘔吐、頭痛、めまい、動悸などの症状を生じることもあります。
乳腺炎と乳腺症の違いは?
乳腺炎と乳腺症は名称が似ているために混同されがちですが、全く違うものです。乳腺炎は乳腺が炎症をきたしている病態で、乳腺症は乳腺の良性疾患を指します。
乳腺症とは、乳腺の良性変化の総称です。乳腺症に含まれる病名を挙げると10種類以上になりますが、それら全てが性周期に伴う女性ホルモンの影響によって生じます。
乳 腺症と呼ばれる乳腺の変化は、卵巣から分泌されるエストロゲンとプロゲステロンなどの性ホルモンの働きが大きく影響しています。月経周期はこれらの女性ホ ルモンの働きによって繰り返されていますが、この女性ホルモンは生殖器官の全てに作用し、その中には乳房も含まれます。
生理前になると生じる心身の不調を「月経前緊張症(PMS)」と呼びますが、その症状の一つとして乳房の張りや痛みを自覚する人もいます。そうした性周期の変化が何度も繰り返されるうちに、乳腺にさまざまな病変(良性変化)をきたすことがあるのです。
30代後半から50代前半の年齢層に多くみられます。
女性ホルモンの影響を強く受けるものであるため、卵巣の機能が低下する更年期以降では起こらなくなります。そのため閉経後に乳腺症のような症状が現れたときは、別の疾患である可能性が高いといえます。
病気によって症状も様々ですが、しこり、疼痛、異常分泌物などの症状が主となります。
分泌物はサラッとした水のようなもの、乳汁様、血性などさまざまですが、血性の分泌物がみられた場合は乳がんが隠れている可能性もあるため、病院で詳しい検査を受けたほうがよいでしょう。
月経周期に連動した症状であれば乳腺症の可能性が高いですが、症状が常時ある場合(月経周期に関係なくしこりがある場合など)はその他の疾患も考えられるため、早めに病院を受診しましょう。
まとめ
うっ滞性乳腺炎は授乳中の女性の多くが経験するものですが、放置すると細菌感染をきたし、化膿性乳腺炎へと進行してしまうことがあるため決して軽視してはいけません。
化膿性乳腺炎は重度の感染症ですので、患部の激しい痛みや高熱といった症状が出現し、ひどい場合は授乳を中断せざるを得なくなることもあります。乳腺炎を悪化させないためにも、おっぱいの調子がおかしいなと思ったら、早めに産婦人科を受診するようにしましょう。
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